阿吽の私たち〜出産レポ⑤

16:00、点滴、テニスボール

陣痛の合間に急いで分娩室へ移動する。もちろん徒歩である。
「旦那さん、これで押してあげてください。」
ここで、おきまりのテニスボール登場。超定番のいきみ逃しグッズなので一応持参したのだが、ここぞというタイミングで助産師さんに病院のものを手渡してもらった。数多の妊婦の尻に当てられたであろうテニスボールである。同僚は、いざという時にテニスボールがなかったため、会社の人にもらった寄せ書きのカードの束を尻に当てるしかなかったと言っていた。寄せ書きというものは掃除のときに発掘してホッコリするくらいのものだが、ときには実用的なのだ。心温まるメッセージを尻に当てたくない人は100均でボールを買っていこう。
「セットして!」
「押して!」
「もうちょっと上!」
「もっと強く!」
「OK!」
夫婦初めてのいきみ逃し。私の要望に対し、毎回NICE及びGREAT判定を繰り出す主人。幼少からパラッパラッパーでタマネギセンセイと切磋琢磨してきただけある。いきみ逃しは四つん這いで行うイメージがあったが、私の場合は分娩台に変形するベッドの上で、横向きに寝て行った。いきみ逃しの感覚は経験しなければ分からないもので、前回の記事に書いた死ぬほど痛い思いを3回ほど経験したときとは雲泥の差。言葉では上手く説明できないが、痛くてもググッと押してもらうと、なんとか正気で耐えられる。痛いものは痛いのだが、泥と比較したらメチャメチャ雲なのだ。

16:54、いきみ開始

痛みに耐えるのに必死すぎてこの辺りの記憶が曖昧である。いきみ逃しの時間が長くて辛いと聞いていたので「えっ、もういきんでいいの!?」と感じた覚えがあり、テニスボール導入から1時間近くも経っていたとは思えない。
ベッドが分娩仕様にトランスフォームし、手はレバーに、脚は板の上に乗せる。先生が「脚をフンってやって、手もフンってやって、こんなふうに、ゴリラのようにふんばってね」と、ジェスチャーを交えてアドバイスをしてくれる。ここにきてゴリラ。そういえば助産師さんから「太くて長い便を切らずに出す感じ」というアドバイスも度々受けてきた。出産というのは、ゴリラとなって太くて長い便を排出するミッション。極めて野生的である。
更に、助産師さんからいきむときのポイントを伝えられる。
①痛みが来るのを待つ
②息を吐ききって吸って止める
③目を開いたままお尻を突き出してふんばる

以上、3点である。このたった3つの工程が、痛すぎて覚えられないままいきみタイムがスタート。「目開けてね」と声をかけてもらうが、何回も瞑ってしまっていた。難しい。お腹の痛みがきそうになると、目で合図を送る。頷く助産師。正に阿吽の呼吸である。私が阿で、助産師さんが吽。
③の間に息が切れたらもう一度②のように呼吸をしてふんばるのだが、痛みが引いたらその時点でふんばりをやめないといけない。
「もう一回いってみて!…あ〜次待ちましょう」という助産師さんの声かけが何度か続く。前述の通り、痛みで呼吸法が頭に入っていなかったので、1回の痛みで2回いきむのが精一杯だったのだが、2回いきんだ後に、助産師さんが毎回「あ〜」という感じなので「もしかして、一度の陣痛で3回いきまないと出ないのでは…?」ということに気がつく。そこからはワンセット3いきみを目指して精一杯踏ん張り、排臨・発露と、順長に進んでいった。

17:12、9回目で生まれた

「もうあと3回くらいで出てくるからね」
具体的に数字を提示してもらえると希望がもてる。「普通はこれ100回…は言い過ぎかもだけど、60回はやるかな」と、絶望的な数字も聞いてしまったが、ただの励ましだったかもしれない。会陰切開があったが、事前に得た情報の通り、陣痛に紛れてさして痛くはなかった。
9回目のいきみ。助産師さんが「はい、目開けて前見てね」と言った次の瞬間、ずっと黙っていた主人が「あ、出た」と声をあげ、力一杯泣きながら我が子が誕生した。身体をきれいにしてもらい、測定や処置を受ける我が子。カメラを託した主人がたくさん写真を撮ってくれている。数メートル先の真っ赤な我が子がよく見えずやきもきしているうちに、ツルッと胎盤が出てくる。
「上手でしたね。120点ですよ。」
何度か目を瞑ってしまったり、「いきむの止めてね」を聞き逃してMISSをしたのに、フルコンボ並みの褒められようだった。優しい世界である。

喉元すぎるのが早すぎた

妊娠中、経過は良好でもしんどい思いを何度もした。出産では、確かに産みの痛みを味わった。しかし、想像より遥かにスムーズに出産が進んだため、「やったー!生まれたぞ!」という喜びと「無事生まれてよかった」という安心と「こんなにしっかりとした赤ちゃんがお腹の中にいたんだ!」という驚きで、全く涙は出なかった。世の中の初産の方は、赤ちゃんとの対面に際して、もれなく涙を流しているイメージだったので、我ながら意外である。涙腺ユルユルのはずなのだが。実際、陣痛が来てからは約9時間、10分間隔になってからの分娩時間は約7時間。お医者さん曰く、経産婦でもまあまあ早めなのでは…という時間で出産することができた。
余韻に浸っていると、会陰の縫合が始まる。切開に加えて縫合もどさくさに紛れて痛くないという情報を得ていたので余裕をぶちかましていたが、先程述べたようにお産がスムーズにいきすぎて出産の痛みが喉元を過ぎてしまい、チクチクと縫われる感覚にひたすら耐えることとなった。残念である。

バースプランはしっかり書こう

「あれ、胎盤って、片付いちゃいました?」
縫合が終わると、さっきまで台の上にあった胎盤がなくなっている。長い間、我が子を守り、育ててくれた胎盤を、一度間近で見てみたかったのだ。手間をとらせてしまったが、ビニール袋に入った状態のものを持ってきてもらい、上から触らせてもらった。プニプニとした感触。へその緒はブニブニ。色形が模型そのままで感動した。
出産に向けて、バースプランというものを提出したが、何を書いたら良いのかよくわからなかった。次の機会があれば「生まれたら早く赤ちゃんを近くで見たい」ということと、胎盤を近くで見たい」ということを忘れずに伝えたい。

そして個室へ

一通り処置を受け、小さな帽子と肌着に身を包んだ我が子。私の右脇にやってきた。生まれたてホヤホヤでふにゃふにゃとしている。掌握反応や吸啜反応に感嘆していると、分娩室での待機時間が終わる。「歩いていけますか。車椅子もありますが…」という問いに、褒めそやされて調子に乗っていた私は「歩いて行きます!」と意気込んだものの、個室は分娩室から一番遠い部屋という罠が待ち受けていた。「こんなにしっかり歩ける人、少ないですよ〜」とおだててもらいながらも、車椅子をお願いすれば良かったと後悔したのだった。

 

 

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